在日コリアンの新世紀。

若一光司氏。VS
         
姜尚中氏。

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●在日コリアンは普遍性を、日本人は具体性を。●

若一★自分がメディアにかかわってることのもう一つの目的意識、あるいはうれしさというのは、ディレクターや局の人たちにやはり味方がいて、そういう人たちと互いに励ましあっていけることなんです。いきなり視聴者に対する関係という以前に、関わる放送関係者とぼく自身がそこで切磋琢磨していける。結構、キッカケさえあれば、そういう表現をやりたい、こういう問題を放映したいと思っている人はたくさんいるんです。だけど彼ら自身では動けない。やっぱりキッカケがいるわけで、そのキッカケがぼくであったり、姜さんであったりする。だから、そこでの拡がりが、非常にいい拡がりになってきていて、その結果として放送があるんですね。
姜★★なるほど。おっしゃるとおりだと思います。
若一★放送に関して言えば、今やってる『アジアマンスリー』は、もちろんアジア全体がテーマなんですが、インドやマレーシアのことを放映しても抗議はこないのに、在日問題だと必ずくるんですよ。例えばこの春、公務員試験の国籍条項問題に関して、ぼくはキャスターコメントで「大阪市大阪府許せない」と言った。教員格下げ問題では「自立性がない、もっと考えろ」とね。すると、必ず抗議が七つ八つくる。新聞に書いた時でも、決まって自宅にまで脅迫めいた電話がかかってくる。そんなことありませんか、姜さんの場合。
姜★★そうですね。最近ぼくのところにもきますね、いろいろ、何だかんだと。(笑)。
若一★そういう脅迫めいたものにさらされた時、自分がどこまでその問題を自分の問題として語り得るか、脅迫する人間と対抗できるか。ぼく自身が試されて、鍛えられている部分があるんですよ。だからみんなにメッセージを発するだけじゃなくて、自分自身がいつもそこで錬磨される。反省することもある。自分にとって非常にいい風に展開している。在日の問題について積極的に発言するのは、まずぼく自身のためでもあるわけです。
姜★★まったく同感ですね。ぼくにとっては自分を鍛える存在として、日本人がいるわけですから、ぼくは自分の一生涯の仕事として日本にこだわりたいと思っているんです。南北朝鮮の問題はもちろん非常に関心がありますけれど、それ以上に自分は日本の歴史や現在を見ていこうと、自分の中で決めちゃっているわけですね。ですから、メディアに出る時、若一さんはプレゼンテーターとして話をするとおっしゃいましたが、ぼくは自分の問題をどこまで普遍的にしていけるかが大事だと思うんです。自分自身を一旦は飲み込んで、日本の方の誰が聞いても、さしあたりそれは納得せざるを得ないと思える、そういう議論の仕方をしていかなくちゃいけないんではないかと。
若一★なるほどね。
姜★★それがたぶん、一世とは違うんじゃないか、また違うようになろうと無意識的にやっている気がします。もちろん、たえず頭のどこかに在日をおいて、日本の視聴者がそれをどう見ているのかということを考えながら、もう一方でできるかぎり話をそこにもっていこうと。それがさしあたり今は、いい方向で受け入れられている面があるんじゃないかと思いますね。
若一★それは姜さんの立場で発言する人が少ないからだと思うんです。
少ないから、普遍性を担わざるを得ない。それと、全国エリアだからということもあると思いますね。
姜★★そうですね。これが大阪とか地方局になれば、こうはいかないと思います。だから、今から考えるといろんな偶然が重なりあって、ぼくという在日が自分の実感を脱色したかたちで一応は話ができ、また聞いてくれる人間が出てきたんじゃないかと思うんです。もしぼくが大阪でこういう話し方をすれば、たぶん違和感を持たれたでしょう。
若一★ぼくがやっている番組は関西を中心に沖縄と四国、北陸の一部。
このエリアは在日問題がわりとリアルな問題として日常のなかにあるんですね。だから、前提をある程度はぶくことができるという自由がある。しかし、逆に辛さとして、正しいことだけ言ってたらおもしろくない。正しい正しくないというんじゃなくて、やっぱりぼくはぼくだということを主張し、カラーを出さないといけない。
姜★★そうでしょうね。
若一★今、お話を伺っておもしろいなと思ったのは、日本人は始めから抽象的存在としての日本人像の中に埋浸しているから、その中でいかに自分を具体化できるかということがテーマになる部分があるんですよね。そこが相対する立場になりますね。
姜★★そのとおりですね。本来ならば、若一さんがぼくの立場で、ぼく
が若一さんの立場で。だから、正直いうといつも収録が終ったあと、どこかに未消化の部分があるんです。ただ、未消化な部分があったほうが成功しているわけです。あとからまわりに聞くとね、完全に出したなとぼくが思う時は、非常にエキサイトしているって(笑)。
若一★まったく逆ですね、ぼくの場合と。ぼくらは具体性を模索し、姜さんは普遍性を担っていくという。
姜★★番組の性質ももちろん関係していると思うんです。ぼくの出演している『朝まで生テレビ』は湾岸戦争をはじめ、いろんなことを政治的に分析して、討論する。するとやはり、ぼくが彼らと同じ議論の土俵に乗るためには、とりあえず在日を飲み込んでしまわないといけないわけですよね。そうしないと、たぶん視聴者からみて、あまり目的的でないし、反発の方が強くなると思うんです。結局、普遍性のスタンスでやらないとダメだと気付いた。だから、若一さんや他の人はどうかわからないけれど、正直いうとメディアに出れば出る程、疲れますね。
若一★あの、最近はわりと素人が簡単にテレビに出る傾向にあるんですが、それでも未だ、特権的なことでしょ。
姜★★そうですね。
若一★その特権性をどのように活かすべきかが、問題ですよね。メディアに乗ることの特権性を私的に占有することで、自己権力の強化にばかり狂ってる文化人は山ほどいるし。自分に与えられた特権性をいかに受け手の側に還元できるか、普遍化できるかが問題なんだけど、思い通りに行かない葛藤もありますね。
姜★★ありますね。だから、疲れるんだと思います。
若一★でも、自滅したら何にもならない。ぼくは書き仕事が自分本来の仕事ですから、メディアと関わっている分は、自分自身のアイデンティティの中での一部にすぎないと思ってるんです。別に朝鮮問題をメインに生きてるわけでもないですから。そういう自分の生きざまの一端でいいという割り切り方をね、最近やっとできるようになったんですよ。
姜★★そうですか。ぼくはそこまでいってない(笑)。自分にメディアにでる能力があるなんてぜんぜん思ってなかったし。ただ逆に思ってないという、ド素人的なものを持っていれば、ぼくはまだメディアに出ていいんじゃないかと思うんです。それがなくなってきたら、やめてさっさと大学に引きこもった方がいい。はじめの頃は、今おっしゃられた様な自己権力的な意味の特権だけが拡がってましたね。町を歩いていると時々、声をかけられる。それは比較的好意的なものだったんですが、それでも自分の実像というものを、見失いかけることがあるわけです。それがやっと、自分で自分をある程度コントロールできるようになった。まだ、若一さんのようには達観できませんけど。とにかく、できるだけ抽象的にかつ一般的に、なおかつどこかで自分が在日であるということを相手にサジェストできるという方針がだいたい成功するようになった、というところですね。


●一個の個人として 自己実現をはたしたい。●

若一★我々日本人が、全体性の中からいかに自分というものを際立たせていけるか。そして、在日がイデオロギーの殻をやぶって個人の多様性を作っていけるか。今、ちょうど過渡期にきているんでしょうね。
姜★★ぼくもそう思いますね。ぼくはそれを"自己実現"といってるんです。例えば、野球が好きなやつは、在日としての正当性をいう前に、まず野球選手としていいプレーヤーになりたい。建築家であれば、やっぱりいい建築物を作りたいと思っているはずです。
若一★いままではそれが乏しかったですね。正当性ばかり振りかざすことで、自分がやりたい、人間としての自己実現が後回しになっていた。
姜★★正当性を要求する時には"自己奪還"という言葉があてはまります。奪われたものを奪いかえす。しかしもう、そこに固執する必要はなくなってきたんじゃないか。在日朝鮮人で差別されてるから出来ないんだというところで甘えてるんじゃなくて、やっぱり自分の能力を伸ばして、自己実現をはかる。生涯に一回でいいから、自分の実現したいことにチャレンジしていく。
若一★それが、ある人は学者であり、ある人は小説を書いていたりね。
姜★★何であれ、それがはかれないというのは、やはり不幸なことですし、特に子供を見ていると、どんな考え方をもってもいいから、本来与えられたものを自己実現して、幸せに生きてほしいと思うんですね。それはどこの世界でもみんな真っ当に持っている気持ちであり、権利だと思うんですよ。
若一★今まで話してきたように、メディアも相当変わってきた。日本の市民運動も熟成してきた。それから世界でいうと、共産主義・全体主義が破綻をきたしはじめている。もう、原理的な正当性だけでは誰も動かなくなっているんですね。結局、その人自身に魅力がなければ、話を聞く気にもなれないし。ぼくは今まで姜さんをテレビで拝見していたんですが、非常に魅力のある方だと思ってました。正当性に固執せず、有意義な発言をなさっている。
姜★★ありがとうごぎいます(笑)。たしかにぼくは比較的、正当性をいわなかった方だと思いますが、それはなぜかというと、自分の両親があまり日本人の悪口いわなかったんですよ。どちらかというと同胞の悪口をよく聞かされてね(笑)。でもそう言いつつ実は、日本に対して割り切れない気持ちを持ってたんでしょうけどね、彼ら一世は。
若一★そうでしょうね。
姜★★自分たちが不遇であるといわなかった環境に育ったというのが、自分にとってよかったと思うんです。もちろん、自分の成長過程の中でどうしても正当性を主張する時期も通ります。ぼくも一番親しい友人の一人と、とっくみあいのケンカをしたりね。そういう自分の子供時代を振り返って、また今、自分の子供を持ってやっと、民族性ももちろん大切だけど、やはりその人個人の自己実現というものが、時代や環境という制約を超えて、誰にとっても重要なテーマだとわかったんですね。
若一★ぼくの好きな詩人で、金時鐘という人がいましてね。彼が「切れて、つながる」という言葉をよく用いているんです。いろんな解釈ができるけれど、一番素直に解釈した場合、姜さんのおっしゃった自己実現とオーバーラップしてくると思うんですよ。「切れる」というのは、いままでの伝統的な組織運動・民族運動や在日者としての抽象的存在、そういうものを一度断ち切って自己実現ということに立ち返る。そして自己実現の過程からもう一回、そことの関係を再生産していく。そういう時期にきている。自己の主体性が、ものすごいパワーを持って出てきているなと思いますね。
姜★★そのとおりですね。ぼくが大学に入学した頃は、とにかく本国のものであれば何でも土下座するような感じを持ってた上、日本に対してもある種のコンプレックスを持っていました。本国に対しても身を縮め日本に対しても身を縮め、すると自分を肯定すべきところがどこにもなくなっちゃって(笑)。しかしやはり、人間というものは自分の親を否定すべきものではない。そう考えると、自分の中に開き直りが少しずつでてくるわけです。自分の前に何かを立てて、それによって自分を裁くというのは非常にいびつな、変な関係ですし、まずはやはりかけがえのない自分というものがあるんじゃないかと思い始めたんです。ぼくにとっての日本社会はある時は拒絶され、また逆に勅まされといった、非常に愛憎半ばする社会ですけど、じゃあ本国はどうかというと、やはり同じじゃないか、と。すると自分たちをそう頭から否定すべきものとして見えてこなくなる。在日という現実が存在するんだからそれを否定せず、そこから出発して住民として、人間として自己実現していきたいな、とそう思ってるんです。

 

●自らを顧みずに、国際化はありえない。●

若一★ぼくは文学をやっていますから、在日作家の方とも多少つきあいがあるんですが、日本人の側としてずっと感じていることは、在日作家は文学的な命題として、自分が何者かという自己反問をもっているな、
ということなんです。あるいは持たざるを得ないというか。
姜★★そうですね。それは、ぼくにもあります。自分が何者であるかという命題は、我々はずっと持っているものだと思います。
若一★ところが、その自己反問が日本人には一番ないわけですね。当たり前に生まれた瞬間から、日本人であって、日本の社会の一員であって、その自覚すらなく生きてしまっている。そういうぼくらの無意識を、もう一度、問い直す手がかりとして、ぼくの場合は在日が目の前にいた。自己反問のリアリティが非常にある存在としてですね。
姜★★およそ概念というものは、対立するものを前にして初めて生まれてくるんですね。例えば、身体のどこかに障害のある人を目の前にして、自分が健康だと考える。外国人にあった時に自分が日本人あるいはコリアンだと認識する、という様に。
若一★しかし、日本はよくも悪くも島国で、今まで"日本人という概念"が育たなかった。対立する概念としての外国人に接する機会が少なかったからね。もっとも、コリアンは非常に身近にいたんですが、皆、口をつぐんでいた。通名を名乗って日本人のふりをして暮らすか、総連・民団や民族学校、民族企業の中に入って、日本人とのつきあいを極力なくしてきたみたいなね。
姜★★そうですね。
若一★だから日本はいままで、日本人とだけつきあっていればよかった。だけどもう、冷戦が終ったこともあるし、いわゆる経済大国として世界の注目も浴び、到底いままでのように井の中の蛙でいるわけにはいかない。今度のPKOでも、政治学的にいかに国際的連帯をつくっていくかが課題になっている。そして日常レベルでの国際化ということを考えた場合、大阪・関西にとっては一番大きな問題が在日だと思うんです。
姜★★同感ですね。ぼくは、大阪は偉大な田舎だと思っているんです。
ローカルの中での国際性を考える時、大阪は非常に大きな得割を果たすと思いますね。
若一★在日の歴史というのは日本にとって負の歴史であるけれども、ぼくらがこれから豊かな歴史に変えてゆくこともできるわけです。今、目の前にいる、大阪では二十万人の在日を、いかにぼくら日本人にとっての人的財産として評価していけるか。大阪の国際化のポイントは、ここにかかっていると思うんです。
姜★★まさしく、日本がこれから先「複数民族として生きていけるか」ということが国際化の試金石で、それはやはり在日とどう向きあえるかだと思います。つまりあと何十年かたった時に在日が消滅していれば、たぶん日本はあまりいい社会になってないと思いますね。
若一★それができればね。アジアの他の国との問題も非常にラクになる。一番しっこくて一番やっかいなのが在日とどうつきあうかなんです。これを乗り越えることができれば、アジアがもっともっと豊かに見えてくる確かに今、アジアは日本に対していろんな危惧を抱いている。そのすべてが正しいとは言えないし、また間違っているとも言えないわけですが、これからアジアと日本が豊かにつきあっていくには、在日の問題をクリアすることが第一義だと思いますね。
姜★★国際化というものは、政府レベルでの外交だけではなリたたなくて、やはり個々人の意識が変わらなければ、何の意味もない。ぼくは1979年に、もうとにかく日本を離れたくてドイツに渡ったんです。ところが、フランクフルトの駅に降りた途端に日本人に出会って、その人はぼくを日本人と間違えて、いきなり「ドイツに来て認められるのは、日本人だけだ。一番だめなのは中国人で、ましてや朝鮮人になると、ずっと格が落ちるんだ」という話をするわけです。確かぼくは日本の中の在日という立場から離れるために、せっせとフランクフルトまでいったはず…(笑)。
若一★ヨーロッパの地まで、在日がついてくるとはね(笑)。
姜★★その時は何も言いませんでしたけどね。まぁ、二年間向こうにいたんですが、いろんな人種、国籍の人とつきあいまして。その時、在日というのを必ずしも特殊視して考える必要はないんじゃないかと思ったんです。歴史的経緯は違っても、世界中に、定住外国人というのがいるわけです。
若一★そうですね。先程の外国人登録法のことにも絡みますけど、国籍とか人種とか、あるいは国家レベルではなくそういうところ、人間レベルでの国際化というものがあって、我々も努力していかなくてはならない。
姜★★世界中に定住外国人があって、自分たちの問題をつきつめていくことはやっぱり世界に通じる。フランクフルトで言われたその言葉は、今でもひっかかってますが、その人をただ批判するだけじゃだめだと思うんです。若一さんが、我々は正当作の狭さに閉じこもっているとおっしゃったように、在日という特殊性の中に封じ込められてしまって、だから我々には日本しか見えないわけですね。日本しか見えないから、世界中に起こっていることを、日本を通じてしか見れない。
若一★そういうところもあるでしょうね。
姜★★すると、日本がある種クローズされていれば我々の考え方自体かなりクローズされてくる。ぼくは正直いうと、日本の中で一番国際化されていないのは、在日じゃないかなと思っているんですよ。日本というあまりにも大きな陰に自縛されてしまったから。
若一★そうも言えるでしょうね。日本対在日という関係しか見えなくなってしまって。
姜★★ぼくはそうやって、外に出ることで在日に対する目がかわった。
必ずしも在日というのは、みじめで、持殊でという風に考える必要はないし。先程時代が変わったといいましたが、世界中に散在している約500万人のコリアンが、最近になって、お互いに連絡をとるようになってきた。そのことが、在日というものを見る目として、結構大きな影響を与えているんじゃないかと思うんです。
若一★以前、ロスのコリアタウンの連中と話したら、彼ら、在日コリアンのこと、ほとんどしらない。どうでもいいと思ってるんです、はっきいりいうと。
姜★★そのとおりでしょうね。
若一★逆にいえば、ちょっとカラーがないんじゃないか、と。俺らはこうして、それなりの世界をつくっているけど、日本にいる同胞は、正しいことばっか、言うのはええけど、何を生産したんだ。俺らの方が時間は短いし、条件は違うけれど、ちゃんとものをつくってるんだ、みたいなね。それだけが正しいとはいわないけども、そういう意味で、戦後、同じ在外コリアンの中でもいろんな姿が生まれてきていると思うんです。
姜★★そうですね。
若一★在外同胞によって在日同胞が鍛えられていくという関係はいままであまりなかったですよね。
姜★★なかったですね。
若一★それが周辺で、沸き立ちはじめている。
姜★★それは本当に新しい時代でしょうね。我々が在日対本国もしくは在日対日本の関係だけを見つめていればいい時代は終ってしまった。
若一★世界の動きをにらみながら、同時に自分たちを顧みていかなくてはならない。これは非常に大切なことですね。在日にとっても、それから我々日本人にとっても。

 

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