在日コリアンの新世紀。

若一光司氏。VS
         
姜尚中氏。

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●内なるレーシズムの解消が、新時代への課題。●

姜★★世界の動きをにらむということでは、この春のロス暴動の時、いろいろまわりの人と話したんですが、ぼくは、コリアンはレーシズム (RACISM=民族的優越感)が非常に強いと思うんです。これを認めなければならない。もちろん朝鮮半島というのは、日本に植民地化されたために、自分の国を自分自身で形成して、自分たちの判断で周囲との様々な関係を持てなかった歴史がある。在日の閉鎖性と同じように、本国もまた、あるクローズされた場所にいると思うんです。
若一★そうでしょうね。
姜★★しかし、韓国あるいは北朝鮮もだんだんと外側との関係が大きくなっていくと、当然さまぎまな軋轢がでてくると思うんです。そしてある意味で、在日の我々は他のだれよりもそれを敏感に知ることができる立場にある。そう考えると内なる自分たちの中のレーシズム、これは将来的には問題になってくるわけですあきらかに。それはなぜかというと、例えば日本の中にいる外国人労働者たちに在日がどう対応するか。飲み屋にいくと経営者は在日同胞、働いているのはパキスタンやフィリピン人であったりする。そうなると、アジアの中のある種のヒエラルキーが、まさしく在日の中にそのままそっくり出てくるんですね。
若一★いままではそこまで目がむかなかったでしょうけど、そういう問題にまで目をむけていかないと対処できないぐらいに世界はかわりつつありますね。
姜★★そして我々が日本に対してつきつける刃は、自分の国に対してつきつける刃でもあることを認識しなくてはならない。我々が日本にむけている一種の反感は、これは日本だけかな、と考えたらそうじゃなくて、自分たちの責任を解除させる役割もあるわけです。ロス暴動の問題でいうと、アメリカの白人警察がワイロ使ったからだといった、すべての原因を外側に求めるためのね。しかし同時に自分たちの中に、はたして問題がなかったのか、顧みなくてはならない。我々のレーシズムをもっと普遍化していくと、ぼくはどうも儒教世界で生きた人間にはあるんじゃないかと思うんですね。
若一★そうかもしれませんね。ペキン大学の学生たちが黒人排斥運動をやったこともありましたし。
姜★★ぼくは中国でもああいうことがあるというので目のうろこが落ちて。
若一★僕も相当にショックを受けましたし、自分の認識の甘さを痛感させられました。この社会には、中国や韓国や北朝鮮から正面切って歴史的正当性を主張されると、すいませんでした、我々がごめいわくをおかけしましたと、もう下へもおかないような扱いをして、いきなり丁寧語になるような風潮がまだあるわけですよ。しかし、正当性を認めることと、へりくだることは、また違う。やっぱり正当性を認めて、それをちゃんと自分の問題としてうけとめて生かさなければならない。
姜★★そこからしか新しい能動的な関係は生まれてこないでしょうね。
若一★いまおっしゃったレーシズムはたしかにある。レーシズムという言葉で悪ければ悪しき伝統主義、悪しき封建主義みたいなものが在日の中にあるわけですね。たとえば今、若い人たちは五割以上が日本人と結婚する。これは一世や二世の初期の人たちが本貫(出身地・本籍。コリアンは自分の血族的ルーツを非常に重んじる)がどうのこうのという民族文化的な狭さの中に閉じこめようとしたことに対する反発もあると思うんです。そんなややこしいこと考えるよりも、日常接しているたくさんの日本人の中からのほうが探しやすい、と。あるいは日本も朝鮮半島との歴史について非常に間違った教育してるけども、じゃあ韓国・北朝鮮はどうかというと、徹底した反日教育をおこなっている。これもおかしいわけですね。いままで日本人の側は「日本の教育は間違ってまし
た」と客観的にいってきたけど、同時にこれから「韓国・北朝鮮側もおかしいじゃないか」と責任をもっていわなければいけないと思うんですよ。そういう次元に、日本人側も育っていかないといけない。
姜★★そうでしょうね。その役割を在日もはたしていかなくてはいけない。例えば、韓国の中にも華人差別がある。ぼくが聞いたかぎりでは、
免許証さえ発行されなかったとか。これはね、我々の方から早く問題化していかないと、ためにする議論として、それを持ち出す人間はたくさんいるわけです。我々が日本に人権を訴求するなら、ひるがえって自分たちの国に対してもいっていかなきゃならないと思いますね。



●次の世代は在日を明るく語れるように。●

姜★★結局、やはり国というもののほころびが、いろいろとでてきているわけです。例えば国籍の問題ですが、ぼくの家族の場合は、嫁さんが日本人で、父母両系主義の前に生まれた長男はぼくの籍、長女は逆に二重国籍者になってしまった。そういう非常にいりくんだ関係が現実に先行しちゃってる。ところが、国家というものは、どこかでちゃんと一律に杓子定規にやらなきやいけないわけで、そこに非常に無理が生じる。また、韓国でも国籍法の改正がおこなわれていて、海外在住の人間は三ヶ月以内に国籍取得の申告を出さないと、三ヶ月たつと自動的に離脱されちゃうという事態が起こっている。
若一★そうすると、無国籍者が出てくる可能性がありますね。
姜★★ですから、先程、法務省での会話の話をしましたが、いままで我々が日本にむけてた目というものをやっぱり本国に、もう一度、むけていかなくちゃいけない。そうすると在日の可能性は、三つの国家にまたがってくる。日本でさえしんどいのに、二つの本国、韓国と北朝鮮を相手にして、その中でどこまで自分たちを高められるのか。そういう役割を、我々在日は担わされているわけです。正直いうと、非常に重いですね。
若一★それを、今まで在日だけが背負っていたわけですね。だけど、今日ずっと話してきたように、我々日本人も同じ社会の住民としてその一端を一緒に担っていけるような時代を作っていかなくてはならない。また、そうできつつあるようになってきたというところでしょうね。
姜★★だから我々は、日本に対しても本国に対しても、ある特殊性をもった存在として、次の世代に何か残せるんじゃないかと。在日は、国というものの限界点に立たされている。本国の人間からは文化も知らない生活様式も違う、お前は何だと言われ、日本人からは非国民と見られ。その限界点に立たされる自分というものに、ぼくは非常にイライラするんですね。できることならそれをしょいこみたくないけど、結局は背負わなければならない。ならば、それをしょいこむことが楽しいという明るい展望になる生き方ができればいいんじゃないか。ジメジメと暗くならずにね。そういう時代の通過点を我々が作ることが、次の世代に対して我々のできる唯一のことだと思うんですね。
若一★そういう生き方のひとつの表れが、たとえばこのワンコリアフェスティバルなんでしょうね。
姜★★新しい時代の象徴としてね。ぼくは書斎型で考えこむ方だから、いつもすぐ悲観的になったりするわけですけれども、こういう運動を見ると、非常に励まされて(笑)。
若一★そういう点では日本人の中にも日本をもう一回見直さないといけないとか、もうちょっと自分の日本人としてのアイデンティティを知りたいとか、そういった動きがあつて、それが互いに共鳴していく、そういう時代がきてるんじゃないかと思いますね。
姜★★ぼくはきっと、若一さんと話す方が、本国からきている韓国人や
朝鮮民主主義人民共和国の人よりも親近感があると思うんですね。それは日本語で話しているということもあるけれど、民族性の違いを超えて、この時代を生きてるという無意識の共感があると思うんです。そういう日本人と朝鮮人の生き方の接点ができている。そこに大きな意味があるんじゃないかと思うんです。だから、なるべく悲観的に考えこまないように、まぁ、自分に言い聞かせているんですけどね(笑)。

 

●二十一世紀は"人権"の時代。●

若一★日本の側が在日と接する場合は、過小評価していたのが、はじめの歴史ですね。その後、反動的に過大に評価し始めた。この過小と過大の間で揺れながらね、日本人は在日との関係を通じて、自分たちのいる位置を確かめ模索してきた。この幅は、ぼくはそう簡単に狭くする必要もないと思うんです。もちろん底上げは必要だけれども、在日をめぐって日本人の側が揺れていくという振幅の幅は、もっともっとあってもいいと。そのことにあまり過剰に反応しなくてもいいのではと。
姜★★そうですね。その幅の中でこそ、ちょうど折合のいい接点がでてくると思います。
若一★そして在日の側も日本との関係において、その幅を許容できるだけのキャパシティが、一部で育ってきてる。出発点からある段階までの反差別闘争というのは、差別されている自己主体を確認し直す過程でしかないし、それで充分だと思うんですが、それがある段階までいくと、被差別者としての自分を解放すると同時に、差別者をも解放しなくちゃいけない。本質的には、差別者を解放することでしか、被差別者というのは解放されないわけです。
姜★★本当はそこが最終的な目標なんでしょうけれども、まだ我々はそれだけの力量はない。実態としてはね。
若一★だから今、その過渡期として我々日本人の意識変革があり、また、在日のキャパシティの拡大が起こっていると思うんです。
姜★★そうですね。在日自身も自分を過小評価する必要はないし、かといって過大評価する必要もない。かつて38度線に立って、在日こそが南北統一の前衛になるといってみたり、もう一方で、在日はアカンといわれ。おっしゃるとおりにプレがある。ですから繰り返すように、自分の息子や娘たちがぼくらの歳になった時、在日が消滅してるとしたら、
日本の社会は生きにくい社会でしょう。だから我々はそうでない道を模索していかなきやならない。
若一★まったくそのとおりです。
姜★★自分たちの歴史と自分の力量をならべて、自個実現をはかりながら、そして日本の方とも等身大でつきあえるように。そういう社会が理想的でしょうね。
若一★だからぼくは二十一世紀はまさに、人権の時代だ、人権こそが一番大きなファクターだと考えているわけです。世界中がもう、入りくむだけ入りくんできた。イデオロギーだけではその世界を把握できない状態になってくると同時に、内的にも外的にも国際化が進んでいく。すると何らかのファクターを持つとしたら、それは、人権でしかない。
姜★★同感です。それが在日の生きていく道であり、また世界中のあらゆる差別の解消につながると思います。
若一★これからは人権の時代がくる。すると日本の中で人権感覚をリアルに、そして豊かに持っているのは、ぼくは在日ではないかと。人権とはもともと少数者の発想ですよね。だから在日がいかに人権意識を鍛えるか、あるいはいままで鍛えてきたか。先程の話と重複しますが、いままで獲得してきた人権意識を自分たちの国にどうフィードバックするか。
姜★★課題としてそれを意識するとしないとは、大きな違いだと思います。披差別者としての自己の解放とともにね。しかし、そうしていかないとぼくは、三世には、明るいイメージとして自分たちが捉えられないと思いますね。
若一★また、我々も在日を、我々が差別してきた「申し訳ない存在」という見方だけじゃなく、もっと大きな視点でつきあうことができる。そういう時代、そういう過渡期に今、いるわけですね。

 

●多様な人生を送れるように。
    
ワンコリアフェスティバルのビジョン。●

−★どうも長い時間、ありがとうごぎいました。在日が在日としてこれからの時代を生きていく上で、具体的な提言があって……。草の根からグローバルな話まで、いろんな問題に言及していただいて、非常に有意義な時間でした。今日、自己実現ということをおっしゃってましたけれど、このワンコリアフェスティバルも自己実現をめざすためにやっているわけです。
若一★そうですね。
−★普遍的にコリアンが自己実現できる環境づくりをしたい。ぼくらがいままで、反差別の中でよくやるのは、自己主張ですよね。その自己主張の段階から、いかに自己実現の段階まで高めていけるか。それがこれからの我々在日のテーマであり、またこのワンコリアフェスティバルのテーマともなるわけです。歴史のマイナス面を克服して、世界の水準とどうオーバーラップしていくのか、あるいはできるものならば、その先頭に在日はどうやったら立てるのか。その条件を自覚して、自分たちの欠点も顧みて、どこまでぼくらが次の世代のために、がんばっていくか。その具体的なお話を伺えて、本当によかったと思います。
姜★★たぶん、若一さんもそうだと思うんですけど、ぼくは常に自分は過渡期だな、過渡期の世代だな、と思いながらやってきたような気がしてるんです。過渡期、悪くいうなら中途半端の世代。何か落ち着かずにやってるのは事実だから、個人的にはぼくはある歳になったら自分の今の仕事全部やめて、また違う自己実現をしたい。この過渡期、在日としてはみんな、単線じゃなくて複複線で自分の人生選べるようにね。
若一★多様な生き方をできるように。
姜★★そうなれば本当にいいんじゃないかと。やはり一世は単線に戻ろうとして、それもままならず生きてきたわけだから、我々は複線、複複線で、人生をいくつか眺められるように。
−★そういう意味でワンコリアフェスティバルのビジョンというのは、多様な自己実現の絵を描こうとしているわけです。
姜★★だからワンコリアフェスティバルはただ物理的に南北一緒にするというのではなくて、これからどうなるかわからないけれども、あるべき姿をつくっていく投割を担っているんだと思いますね。
若一★日本人の側から見て、ワンコリアフェスティバルのいいところというのは、魅力的な在日の連中をたくさん見れることです。魅力ある在日をまとめて見れる機会って、普通ないでしょ。ぼくはそれだけでも大きなことだと思うんですよ。ステージを見て感動したり共感したり、あるいは見た目が格好いいでもかまわない。誰かに誘われてイヤイヤ来てみたでもいい、とにかく会場に来ると、非常に魅力的な人間がたくさんいて、その人達が皆、在日だと。それだけでもひとつ、大きなステップになる。
姜★★そうですね。理論闘争でない現実の接点があるだけで、ひとつのメッセージになるんですし。
若一★政治主導型の運動やってた時期はそういうことを馬鹿にしすぎた。政治も大事だけどそれも大事なんですよ。最終的には、同じ正しいこと言うなら、魅力のないやつよりも魅力のあるやつのいうことを、ぼくらは聞くわけですしね。
姜★★そのとおりですね。だから在日でも日本人でも、在日の歴史を知らない世代が、どんどん見にいってほしい。そして、その中でしか感じられない、五感で感じることでしかわからないコミュニケーションを、もっともっと深めていってほしいですね。
若一★そういう意味で、このワンコリアフェスティバルは本当に時代を先取りしていたし、また、これから我々と在日とが真の隣人となるいろんな運動、活動の先駆としてこれからも頑張ってほしいですね。
−★ありがとうございます。二十一世紀の人権の時代をめざして、誰もが自己実現できる世界をめざしてこれからも努力していきたいと思います。今日は本当にありがとうございました。

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 対談を終えて

人間の成長にはいくつかの段階がある。最初は自己顕示。そして自己主張があり、自己表現となり、その先に自己実現がある。民族の成長もまた同じではないかと思う。我々は生粋の本国人ではなく、また日本人でもない"在日"として、その成長過程を歩んできたともいえる。"在日コリアン"は、権利闘争の中で自己主張を繰返し、そして今やっと自己表現の段階まで来たとぼくは思う。この先、自己実現の段階まで自分たちを高めていくために、在日の歴史と祖国の歴史、アジアの歴史と人類の歴史を同視座に見据えて、ワンコリアフェスティバルはもっともっと多くのメッセージを発していきたい。願いはハナ! (鄭甲寿)

 

(1992)

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