金明秀氏は語る
金 明 秀 (キム・ミョンス)
1968年生まれ。
九州大学文学部哲学科(社会学専攻)。
大阪大学人間科学研究科博士課程修了。
現在、光華女子大学専任講師。
著書に『在日韓国人青年の生活と意識』(東京大学出版会)、他がある。
在日コリアンについてのビッグウェブサイト「ハン・ワールド」を主催。
(「ハン・ワールド」 http://www.han.org/)
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米国におけるインターネット活用
アメリカでインターネットが爆発的に普及しはじめたのは1995年のことだ。その年、大学院生だった僕は、欧米の最新の研究動向を調べようとインターネットをずいぶん探し回っていた。だが、ネット先進国のアメリカでも、社会科学の研究者たちはまだメール交換にしかインターネットを利用しておらず、ウェブで入手できる情報はとても限られていた。
ところが、人種・民族的マイノリティたちはそれとは対照的に、ウェブを駆使して、すでにかなり活発にインターネットで情報を発信していた。民族系の雑誌バックナンバーを公開するサイト、政治的メッセージを鮮烈に発する硬派サイト、民族文化を紹介するサイト、一般向けに平易な文体で自分たちがおかれている情況を解説するサイト、個人の生活体験をコラムとして書き綴ったサイト、等々。
権力から疎外された人々は、権力とは無縁のインターネットという新しいメディアにいち早く目を付け、縦横に活用していたわけだ。しかも、そうした情報が州政府のサイトに掲載されていることもあった。公私を問わずに人権問題の改善を願って協調する姿勢には、新鮮な感激と、ある種のうらやましさを同時に感じたことを覚えている。
「ハン・ワールド」スタートのきっかけ
一方、在日の場合はどうかと検索エンジンを毎日のようにたどってみたが、ヒットするページはいつまでも現れなかった。一つだけ行き当たったのは、NTTの非公式サイトだった。日本のインターネットといえば、まずNTT非公式サイトに接続した時代のことである。日本の窓口としての役割もあってのことだろう、海外向けに日本を紹介するページが用意されていた。そこに、「在日韓国・朝鮮人への差別はもはや存在しない」と断定的にかかれていたのである。日本を(事実上、公式に)代表する巨大なサイトに、国を美化するために歪められた情報が垂れ流されていたことを知って、あらためてアメリカとのあまりの違いに落胆した。そして、是が非でも誤った情報を正さなければならないという強い危機感と使命感をいだいた。それが、ハン・ワールドを始めようと思ったキッカケである。
それから現在までの6年あまりで、在日のインターネット利用は質・量ともに目覚しく発展した。各種の民族団体が死蔵していた情報をウェブで再利用しはじめ、民族紙は記事をネット配信するようになった。ハン・ワールドとは異なるスタイルでの総合情報サイトも増えた。
そうした中で、僕がもっとも注目しているのは、ネット内外での「出会い」が増えたことだ。電子掲示板やメーリングリストを通じて知り合った人々が、各地域単位で実際に会って懇親を深めている。あるいは、民族学校の人脈を活かしてウェブを作り、そこに新たに参加した人々を交えて輪が広まっている。そうした動きはまだ少しずつではあるけれども、実社会の人間関係とネット上の人間関係が有機的につながった新たな民族的コミュニティの出現を予見させるものといえる。既存の民族団体が失いかけていた「出会い」の機能を、インターネットが取り戻しつつあるのである。そもそも、インターネットの最大の利点はネットワークづくりだと、僕は思う。
平たくいえば「出会い」である。ただし、「出会い」といっても、いわゆる「出会い系サイト」のことだけではない。恋愛や性にかぎらず、あらゆる関心のもとに人と人が出会う触媒となるメディア、それがインターネットなのではないだろうか。
もちろん、出会いの他にも利点はある。たとえば、資源を持たない団体や個人が低コストで世界に情報を発信できるといったことだ。それによって、マイノリティがメッセージを効果的に社会に伝えることができるようになったのは上述の通りである。しかも、運動団体としては、印刷費や輸送料などの活動費を下げることもできたはずだ。だが、情報を発信できたとしても、それで支援者が増えるとはかぎらない。発信する情報にパワーがあるかどうかは、けっきょく、そこにどれだけの人が集まるか、どれだけの出会いがあるかによって決まるものだろう。
インターネットの未来とは?
ハン・ワールドは、広大なインターネットの中の小さな情報の「点」として始まったけれども、多くの出会いを通じて「線」になり、しだいに情報と人間関係の「面」を形づくるようになったように思う。ただ、それは自然発生的なものにすぎなかったので、今から振り返ってみれば、求め合っているはずの線と線が交わらずに消えてしまったこともあったように思う。もっと出会いを積極的にプロデュースする努力をすべきではなかったかと反省している。
今は、ハン・ワールドを維持するのに精一杯だけれども、いつか、さまざまな人や団体の出会いを支援するシステムを作りたいものだ。あるいは、それをしてくれる人がいれば、協力していきたいと思う。近年は、インターネットの暗い側面が、とくに「出会い系」に関連してクローズアップされがちだけれども、インターネットの明るい可能性も、人と人が出会うところにあるのだから。
(2000)
・ 在日レボリューション21 フューチャリングinternet! ▼
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