弘 兼 憲 史 氏

「日本と韓国の関係というのは、これから重要な課題になりますからね。ワンコリアフェスティバルのような趣旨のもとにイベントを開催することについては非常に賛同できる、というか”こうあらねばいけない”と思いますね…」と言う弘兼氏。
最早、エンターテイメントを与えるだけの存在ではない漫画を「発信源」に、自らの作家性、自らの立場を明らかにしていきたいと語る。


在日コリアンと遊んだ子ども時代

 ぼくは昭和22年生まれなんですが、昭和30年代なかばまで、山口県岩国市にいたんです。そのころ、あれは多分北系の方だと思いますけども、在日の人たちが固まって住んでいるところがあったんです。 当時はろくな仕事にもつけない人と、あるいはパチンコなんかですごく成功する人と二通りありましたね。これはちょっとイリーガルなんですが、密造酒なんかを造っている人もいましたしね。ぼくは自宅が近かったこともあって、彼らととても仲良く遊んでました。

 しかし、非常に残念なことですが、親は「あっちの方には入ってはいけない」と言ってましたね。しかし、それはもう、子供ですから、聞かずに遊びに行くわけですよ。あるとき密造酒のラベルかなにかがその友達のうちにあったのを、その子と一緒にごっそりと学校に持っていって(笑)。 きれいなラベルだったもんですから、みんなに配ったんですよ。そしたら先生にとえらい怒られてですね。1枚1枚全部回収して、持って帰ったという記憶がありますね(笑)。

 当時ぼくは学級委員長とか生徒会の仕事をやってたんですが、率先して彼らと付き合おうと思ってましたね。やはり「朝鮮人」という言い方をして、いろいろ言われてましたから。あるとき、ぼくがその子たちの住むところに遊びに行ったら、そこの違うグループの子供に「日本人のおまえがなんでここにいるんだ」って、えらい殴られたことがありましたよ。深い意味はわからなかったけれど、子供ながらに矛盾を感じてはいましたね。


漫画を通して自分の立場を明らかにしていく

 日本人が韓国や朝鮮の方たちに対して差別する以上に根深い差別、「部落」というものがありますよね。それは韓国国内にもあります。ですから、どこの国にも、理由のない差別というのは残っているんですよ。差別問題についての対処には二通りの方法があるんですよ。ひとつは、できるだけそういう問題はとりあげないようにしようとするもの。今の若い人たちは、部落差別、あるいはコリアンに対する差別、昔の沖縄やアイヌの人たちに対する差別があったことなど知らないんですよね。ですから、ずっとこのまま知らせないでおこうというやり方と、もうひとつはうんと掘り下げて、「こういうことだから、みんな差別をなくそう」という方法と。実は漫画は前者の方で、なるべく触れないでいこうというやり方でやってる。しかしそれだけではすまないわけですからね。

 今、漫画というのは単にエンターテイメントを与えるだけじゃだめだと思っているんです。これだけ大きなメディアになって、影響力はものすごく強いですから。だから、 「わたしはこう思うんだ」という作家性を出さなきゃならないという気持ちがありまして。ぼくは『加治隆介の議』の中では、いろんな政治問題に対して、自分の立場というのを明らかにしています。もちろん、反対という意見、賛成という意見、いろいろきますけれども、反対は反対でいいんですよ。あの漫画を読んでくれて、朝鮮半島の問題について、みんなが関心を持ってくれて、議論が沸騰してくれれば、実はわれわれの思うツポなんですよね。


変わりゆく、アジアの中での日本の立場

 日本という国は、今はアジアの中で突出した経済力があるけれども、おそらく今がピークですよね。今度はどんどん下り坂になっていく。かつてのイギリスやアメリカがそうだったように。工業製品というのは、あと50年もすれば、宗壁に中国にシフトされているんじゃないかと思いますよ。日本の産業構造そのものを考え直さなきゃいけない。今みたいに工業製品をつくり続けるだけでいいのか。あるいはドイツのように、賃上げをストップさせて、物価もおさえて、細々と企業を守っていくのか。日本は、賃上げをしないとか、公共料金を値上げしないとかはおそらく有り得ないですから、産業構造をかえていかなければならなくなる。すると、やはり生産的な工業国は中国になっていくと思いますよ。

 しかし、日本の情報力や応用力は、おそらく世界一ですよね。そういう意味で情報産業みたいなものは、発達するとは思いますけど。日本も経済力がなくなって「アジアの中で経済力はナンバーワンだ」という顔はできないですから。もちろん、アジアというのはこれから一緒になっていかなければならないですよ。日本は幸いなことに、かなりある意味では先進国ですから、これからはアジアのほかの国に、たとえば工場プラントをそのまま輸出するとか、そういう「技術導入」という形での指導的役割を果たしていって、レーベル化すると。そういう考え方もありますね。いずれにしても、みんなと仲良くやってかなければ、本当にどうしようもなくなってきますね。

 ワンコリアフェスティバルは、ぜひ、各大学のなかで、小さくてもいいですから支部みたいなものをつくっていって、開拓していくのが一番いいんじゃないですかね。学生っていうのは結構暇ですから、いろいろ考えますしね。勤めていると、意識では考えていても、なかなか行動に移せないというのがありますから。うんと若い人たちのあいだに広めていくといいと思いますよ。

 

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弘兼憲史(ひろかね・けんじ)
1947年生。「課長・島耕作」(週刊モーニング)の大ヒットで有名。「日本の漫画は”コミック”ではなくグラフィックノベルである」との信念を持ち、社会派漫画を得意とする。
代表作は人間の愛情が織りなすドラマを短編連載で描いた「人間交差点」。「ラストニュース」「加治隆介の議」などがある。

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(※すべて1994年現在です。)

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