たかが10年 されど10年
のワンコリアフェスティバル

永 六 輔

永六輔さんの親しい友人であるエッセイスト・朴慶南さんと鄭実行委員長が1991年度青丘文化奨励賞を同時受賞。
その縁で永氏・朴氏・鄭氏の座談会の機会を得、その場で司会をつとめることを快諾してくださった永さんは、何よりもまず行動を起こすことが大事だと語る。

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  とれりあえずできる
  ●ことから行動を起こそう

 ぼくは今年はじめてお手伝いさせていただくことになったので、実際のフェスティバルを見たこともないし、この10年、どういうやり方で進んできたのかよくわからないけれど、ワンコリアフェスティバルだけでなく、何につけても10年、20年といった節目は大切だと思います。経ってしまえば「たかが10年」とも言えますが、1年目から始めた10年は「やっと10年」という感覚がありますよね。ぼくも、自分がパーソナリティをつとめるラジオ番組がちょうど今年で30年目に入るのですが、やはり「たかが」という気持ちと「やっと」という気持ちを合わせ持っているんですよ。ですから、ぼく自身にしてもそしてワンコリアフェスティバルにしても「たかが」と「やっと」を重ね合わせたところでバランスをとっていかなくては、と思いますね。

 最初に鄭さんにお会いしたのは、青丘文化奨励賞の受賞パーティで、彼とぼくの友人の慶南が一緒に受賞したんですよね。ぼくはそれまでワンコリアフェスティバルというものがあるのも知らなかった。それで、ぼくも興味をもったし、彼の方もぼくと話をしたい、ということで対談というか、慶南を含めた三人で語り合う機会をつくったんだよね。そうそう、ちょうど細川政権が誕生する頃だったので、戦後補償の話だとか、差別する側とされる側の話だとか、いろいろとね(『永六輔さんとワンコリアを語る』第9回のパンフレットに収録)。

 まあ、その時、「在日の方に"あなたは北派ですか?南派ですか?"と聞かれるのは、日本人にはすごく気になる質問だ」という話が出たんですけど。その「南か北か」という質問をどう解釈するにしても、もし何とかしたいと思うことがあるのならば、こちら側がアクションを起こすしかないんですよ、こうした問題はね…。例えばそれがワンコリアフェスティバルなわけでしょ。だから、今回お手伝いすることにしてみたんです。わだかまりというのはあって当たり前なんですよ。なければワンコリアフェスティバルだってやる意味がなくなってしまうでしょ。だから、わだかまりを持っていてもいいから、何でもまず行動をおこして、それをひとつひとつ積み重ねていくことが大切なんですよ。


文化的事業には積極的に
●参加する。それが、永六輔の流儀

 ぼくの普段の行動をご存じならばわかると思うんですけど、ぼくはワンコリア以外にもたくさんの文化的事業に参加しています。だから、今回の参加も、言い方は悪いかもしれませんが、ワンコリアだからという理由ではないんです。こうしたメッセージを文化で伝えようという事業には、自分の中で「参加するべき」あるいは「参加した方がいいんじゃないか」という気持ちがあって、そういった気持ちになった場合には、ぽくはそれが何であっても最優先に行うようにしているんです。このインタビューにしても、他に仕事がいっぱいあるけれど、でも「やらなくちゃいけない」と思うから、つい最優先してしまうんですね。

 そう思ってしまうのは、やっぱり、世の中にいろんなわだかまりを持った人がいてメッセージを発したい人がいて、それで「ぼくなんかでも手伝えるんだったら」というのが理由だと思いますね。この前、佐渡の問題では小室等さんと、ずっと一緒だったんだけど、彼は障害者の問題も政治的な問題もすべて彼なりの解釈をして仕事をしているんですよ。何の気取りもなく、どこへでもギターを1本もって出かけていくしね。

 つまり、ぽくも彼の場合と同じなんです。彼の方がこうした行動が長いというだけで。ラジオ番組でも民族的なこと、文化的な事を取り上げます。「もと、アジアヘ」というコーナーがあるので、コリアのことやアジア全体の問題について話をするのです。これには慶南も出演しましたし、ワンコリアの話題が出たこともあります。

 このラジオ番組は土曜日ですからぼくは、だいたい日曜から金曜までは旅をしているんですよ。先週は山形に行ってました。よく勘違いされるんですが、旅の番組の一環で行っているんではないんです。過疎、環境、福祉の問題、米の問題なんかで行ってるんです。それぞれの問題に対して個人的なコメントはありません。ただ、こうした問題もワンコリアもぼくにとっては同列だということ。参加したほうがいいと思うから参加しているんです。ワンコリアフェスティバルも自分のもてる時間の限り、参加させていただこうと思っています。

(1994)

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永六輔(えい・ろくすけ)
1933年東京浅草生まれ。本名・永孝雄。
早稲田大学文学部在学中より、ラジオ番組、草創期のテレビ番組構成にたずさわる。放送作家、作詞家、司会者、語り手、歌手と多方面に活躍。著書に「芸人達の芸能史」(番町書房)、「わらいえて」(朝日新聞社)、「無名人名語録」(講談社)、「遠くへ行きたい」(文藝春秋)、「六・八・九の九」(中央公論社)、「もっとしっかり日本人」(日本放送出版協会)、「大往生」(岩波書店)等がある。


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