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言葉の力、芝居の力
――★新宿梁山泊は、韓国公演に行ってますよね。何年でしたっけ?
金★★89年と昨年です。
――★向こうでの反応は?
金★★89年に行った時は、梁山泊そのものが向こうではまだ知られていませんでしたが、たまたま私が出た映画が向こうで公開された直後だったので、ある程度マスコミには紹介してもらえました。最初に行った時は、チラシにも着物を着た写真がのっていたし、日本語の舞台ということで、地方のお年寄りからはかなり拒絶されました。また日本から文化侵略に来たって。でも見終わったあと、みんなとても喜んでくれました。
演劇や映画の持っている力というものを、とても感じましたね。
――★今でも基本的に、日本語の歌などは公共の電波には乗せてはいけないんですよね。徐々に変わりつつはあると聞いてはいますが…。
金★★でもみんな、カラオケとかで日本の歌をバンパン歌っている。法律でいくら禁止しても、いいものはいいし、好きなものは好きなんですよ。
鷺沢★若い女の子たちは日本書籍街みたいなところでアンアンとかノンノとか買ってるし。
――★向こうで芝居をする時、韓国語も多少は使うんですか?
金★★昨年の公演の時は、20パーセントくらいは韓国語でした。
鷺沢★お上手でしたよ。私、留学中だったから見にいったんですよ。もう、お客さんもすごい盛り上がり。若い人が多かったけど。
金★★韓国ではテント芝居ってなかったものですから、普通だったら400人くらいしか入れないテントに、900人くらい入りました。ドラマセンターの生徒たちも来ていました。
――★小説や短歌は、翻訳されないと伝わらないけれど、芝居の場合はたとえ20パーセントしか韓国語がなくても、コミュニケーションが出来てしまう。そういう意味でほ、大変うらやましいし、表現手段として力がありますね。
金★★最初は日本語でやるということなので、ラジオもテレビも扱ってくれなかったんですけれど、一つの局が来ると次から次へとマスコミも来てくれて、日本人の俳優たちもインタビューを受けていました。
――★今は確か、フランスの方へ…。
金★★ええ。アヴィニヨン演劇祭に出ています。
――★在日の人が座長をして演出をして脚本も書いている劇団が、日本代表として海外に躍り出る。そういう時代になったんですね。
金★★ドイツ公演の時は、日本のコリアンの劇団、問題意識を抱えた劇団、みたいにすごく書かれる。それが上海に行くと、同じ作品を持っていっても日本から来た劇団としか書かれない。行く場所によって反応が違うのが面白い。
――★やはり内容も、在日コリアンであることが反映されているものが多いのですか?
金★★そうですね。劇作家の鄭義信がおばあちゃんっ子で、そういう自分の生い立ちをベースにしたものが多いですから。でも、実際にどうすべきかとか、何かに反対するとかいった作品ではなくて、みんな元気になろうよ、みたいな作品が多いですね。
俵★★たまにドキッとする台詞がありますよね。ある女性がアゲハ蝶を飼っていて、日本人の青年がその蝶を好きだって言ったら、じゃあこのアゲハがチョウセンシジミというような名前だったらどうします?って女の人から問われる。すると青年は、「名前なんて関係ないです」と答える。女の人は、「優等生的なお答えね」って。ああいう場面を見ると、私もきっと「別に名前なんて関係ないんです」という言い方をするだろうなと思う。でも名前は関係あるんだよ、ということが、突きつけられる。鷺沢さんが「気にしてよ」と言ってたのと同じように。そういうことを全面に出すのではなく、さりげないところでドキッとさせられる。
金★★今のは『千年の孤独』の一場面なんですが、少し内容を説明します。アゲハという女性が主人公で、渡り蝶であるアゲハ蝶をガラスケースに入れて大切に飼っているんです。その渡り蝶というのは、昔朝鮮半島と日本を行ったりきたりしていた蝶で、今はもう絶滅している。その最後の一匹を、彼女が育てている。そのアゲハに日本人の青年が思いを寄せるんですが、最後に彼女は町の人たちに焼き殺されてしまう。青年は残されたアゲハ蝶のケースを胸に抱いて、僕は君を待ち続けると言うところで終わる。そういう芝居です。
――★そうやって韓国公演をしたり、少しずつ交流が進んでいく一方、韓国の人たちは日本や日本人に対してだけでなく、日本に住んでいる僑胞に対しても何か違和感を感じているところがある。金持ちで、だけどあまり好きじゃない、みたいな漠然とした感情ですね。
鷺沢★私なんか日本に帰ってきたら国籍も日本だし、日本人だけど、僑胞の人たちは初めて韓国を訪れた時、韓国は自分の国だと思っていたけど違ったんだ、みたいなある種の裏切られ感というのを通過せざるをえない。それは、若いうちに通過した方がいいと思うんです。あっ、自分は日本人でもなくて韓国人でもなくて僑胞なんだな、というありのままの事実を、スッと受け止めた方がいい。
――★ところでここにいる3人の方たちは、それぞれ言葉というものにかかわって仕事をしていらっしゃる。日本は今まで、ほとんど日本語しか使われていなかった国ですが、最近はこのホールがある大久保の近くなんて、さまぎまな言葉が飛び交っています。看板ひとつにしても、日本語が書いていない看板まである。そういう状態を、ここにいる皆さんはポジティプにとらえているんじゃないかと……。
俵★★鷺沢さんが最初に、まず言葉を知らなければと思ったとおっしゃってましたね。文化を理解するには、言葉が初めの一歩だと私も思っています。さっき楽屋で、金さんが「ナントカって表現は日本語にはならないのよ」と言ってましたでしょう。その国の固有の感覚は、その国の固有の言葉で表現されているということを知るというのは、文化の違いを知る上でとても大切なことだと思います。
――★せっかく日本に70万人も在日がいるわけですよね。それなら日本人の側も、もっとコリアンの生活習慣とか言葉とかを面白がったり好奇心を持ったりしたらいいのに。ところが、好奇心を持つとか面白がるといったつきあい方はイケナイことなんじゃないかという自己規制が、ここでも働いてしまう。
鷺沢★言葉に関していえば、韓国語と日本語はとても似ています。だからフランス語や英語を外国語として勉強してきた日本人にとっては、韓国語というのは驚くほど分かりやすい。英語なら、英語の頭にならなければ話せないでしょう。まず主語があって、みたいな。でも韓国語なら、日本語で思ったことをダラダラそのまま翻訳さえしていけば意味が通じるんです。だから西洋語を外国語と思って勉強してきた人にとって、もうミラクルと言いたくなるほど分かりやすいから、楽しいんです。もっとみんな韓国語を勉強すればいいのにと思う。漢字で出来ている言葉なんて、ちょっとなまればなんとかかんとか通じるんだから。
金★★そうそう。領収書が欲しい時とか、ヨンスウショとか、ヤンスウジョとかメチャクチャ言ってると、どれかが当たる(会場爆笑)。
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