内外の現実は厳しい。たとえば、今の日本がおかれている経済不況を初めとするモロモロの社会不安。そういうものに対する一家言のようだが、そんな大層な内容ではない。
日々の出来事や感情を、思いつくままに綴った他愛のない身辺雑記である。ドジることやメゲることが多いせいか、自らを励まし慰めるつもりで私がよく言う口ぐせが、そのままタイトルになった。
主義主張がなく、どこにも力が入っていないお気楽エッセイ集で、私が書いてきた本の中ではダントツの柔らかさと言っていい。
柔らかすぎて恥ずかしいというのもヘンだけれど、巷には深刻な問題が満ちあふれているというのに、こんなノー天気なタッチでいいのだろうかと、やや気後れしているのも確かだ。
でも、こういう世相だからこそ心を解きほぐし、ときには思いっきり笑って心を休ませるのもいいのではないかと思う。柔あっての剛。そこからきっと活力も生まれてくるに違いない(と勝手に思っているのですが)。
「アハハ」「フムフム」「ヘェー」「アレー」と読者に身近に感じてもらえるエピソードが満載されている。
まず失敗談が多い。呆れる話を一つ。
講演をよく頼まれるが、電車を間違えて講演会に遅刻するなど、まだ序の口で、あろうことか酔ったまま講演をしたことがある。とんでもないことだ。これこそ恥ずかしい。
深く反省したつもりだったのに、次にやらかしたのは何と二日酔いの状態で演壇に立ってしまった(ひどい飲んべえのようですが、たまたまです)。
「寝たきりゼロをなくす会」主催の広い講演会場は、お年寄りでいっぱいだった。場違いのような感じに私の話は上滑りし、二日酔いへの自己嫌悪も加わり、重い心と足をひきずりながら帰途に着いた。
その落ち込みぶりに同情してか、後日主催者がアンケートを送ってくれた。二十代の女性だった。自殺を試みたけれど死にきれずにいたが、私の話を聴いて生きていこうという気になった…‥と記されていた。
ありがたい、こんな私でもお役に立つことがある。私を見たら、誰だってなんとかやっていける、大丈夫という気になるらしい。
しかし、もうちょっとのところで、私自身が大丈夫でなくなりそうになったこともあった。この本のベースになった教育雑誌の連載中のこと、仕事先の韓国で突然倒れ、帰国して緊急入院したものの、医師からは96%ダメという宣告を受けた。
しょっちゅう忘れ物をしている私は、「命さえ忘れなきゃ、何を忘れても(失敗しても)取り返しがつくから大丈夫」と、いつも豪語していたのだが、とうとう肝心の命まで忘れそうになってしまった。
ところが危篤状態で病院に担ぎ込まれているのに、医師たちに明るく話しかけて戸惑わせたり、生きるか死ぬかの境目だと告げられても、「ドラマチックですねえ」とニッコリ笑ってしまったため脳の異常を疑われたり等々、こんな大変な事態のときでさえ、私の性であろう、コミカルに展開していってしまうのである。
楽天主義の効能か、はたまた神サマの思し召しか、悪運の強さか(多分コレでしょう)、一ヵ月ほどで病気は完治し、危うく命を忘れずに済んだ。ホントに「なんとかなるよ、大丈夫」となったのである。
この顛末記ももちろんネタとなったが、もしあのとき命を忘れてしまっていたら、そのあとの連載もなく、当然、新刊も誕生しなかったことになる。出来上がった本を前に、しみじみと感慨にふけってしまう。
ところで、巻末に格闘家の前田日明さんとの対談を一つ入れた。
私の、なんだってなんとかなるという達観した(?)人生観は、とてつもなく激しくて怖い父との格闘の日々に由来していると思うのだが、前田さんのお父さんもわが父に勝るとも劣らないスゴさだという。
どちらの父親がよりスゴいかという話で大いに盛り上がったのだが、その折に出た興味深いこぼれ話を紹介したい。
怪物のような実父をモデルにした、梁石日さんの『血と骨』という非常に話題になっている本がある。文中主人公が、生まれた息子(梁さん)の名前を、近隣に住む儒学に造詣の深い人物につけてもらうというくだりがあった。
その人物が、なんと前田さんの母方のおじいさん、その人に間違いないと言うのだ。
前田さんのおじいさんは、母国の植民地化に抗して義兵闘争に参加し、逃れて日本に渡ってきた在日一世だという。
最速、梁さんに報告したのだが、事実ならなんともおもしろい。
梁石日さんのお父さんたるや、スケールも桁外れといった凄まじさだ。それぞれ大変な父親をもってしまったが、子どもは逞しいもの、なんとかなるよで乗り越えてきたといえる。そう、大概のことは、命さえ忘れなきゃ大丈夫なのである。
ちょうど、この本の出版パーティーの日だった。朝鮮半島の北の地から゜”ミサイル“(しばらくして、ミサイルではなく人工衛星と報道されたが)が発射されたと報じられたのは。
翌日の、マスコミをはじめとした世論の反応は凄まじかった。
なんとかかなるよ、なんて無責任な楽観論を言うつもりはないが、一呼吸おいた冷静な判断は(特にマスコミにおいて)常に必要ではないかと痛感した。
在日である私などは、朝鮮半島の南と北、そして、当然日本(人)の動向にいつもハラハラ、ドキドキしている。
「ワン・コリア」。早くそうなってほしいと切に願う。これだけは、「なんとかなるよ、大丈夫」ではなく、「なんとかしようよ、大丈夫に!」なのである。