日韓ダブルである私の、自然な出会い
沢 知 恵
(さわ・ともえ)
1971年生まれ。歌手。日本人の父と韓国人の母の間に生まれる。牧師だった両親と共に韓国、米国、日本と移り住み、クラッシック、ゴスペル、ジャズなど様々な音楽と触れる。東京芸術大学在学中にCDデビューを果たすが、卒論に専念するため一時音楽活動を休止。昨年「Who am I?」で再デビューし、東京を拠点に活動。現在韓国でも定期的にライブを行っている。
私はこれまで、コリア色の強い組織に関わることはありませんでした。私は半分、韓国人ですが、それはたまたまそうであったわけで、そのことでシンボル化されるのは嫌でした。もちろんワンコリアフェスティバルの存在は知ってましたし、音楽を通してそういうことを表現する人たちがいるのは素敵だなあと思っていました。ただ、関わるにしても自然な出会いでないと嘘だと思うので、自分から働きかけたりはしなかったんです。ところがたまたま、大阪で私のプロモーションをしている会社に、ワンコリアフェスティバルの制作を手伝っている方がいた。その流れで、実行委員長の鄭甲寿さんから声がかかって。本当に自然な流れだったので、出会うときが来て出会ったという感じで、今はとても楽しみにしています。
私は大学で、「北朝鮮のイデオロギーと音楽」というテーマで卒論を書きました。民族音楽が専攻で、ジャズを勉強するつもりだったんですが、あるとき学食で食事をしていたら、突然降ってきたんです。北朝鮮って。それで先生に相談したら、今まで誰もそんなことやっていないから、ぜひやるべきだ、パイオニアになれるといわれました。
それに歌を歌っていく上で、いろいろな意味で自分を知らなければならない。女性であること、日本人であること、韓国人であること……。いろいろな私の側面の中で、避けられない部分の一つがコリア的なもので、一度そこを通過しなければなかったということもあると思います。
その研究をして思ったことは、一言で言えば、「ワンコリア」ということです。韓国と北朝鮮は、今ではずいぶん違うように思えますけど、音楽を取り上げても、イデオロギーを超えて本当に似ているものが李舛。旋律も似ているし、リズムもそうです。よくラテン気質とかノリがいいという言い方をしますよね。そういう目に見えない先天的な血の部分については、アカデミックな記述をするのが一番難しいのですが、私は興味があって、卒論にそういう意味での「コリア的なもの」に出会え、ますます北も南も一緒じゃない、と思えるようになりました。
それに、韓国では北の資料が手に入りませんが、日本だからたくさんあるんです。恵まれていました。そういう意味では、日本はワンコリアフェスティバルをやるにふさわしい場所だと思います。北と南がこんなに混在していて、お互いをなんとなく意識しながら存在している感じがあって、それはそれで何かいいなとわたしは思っています。
(1997)
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