共に生きる

梁 石 日

 

ワンコリアフェスティバルが発足してから今年で十年目になるが、この十年間、世界の変化はあまりにも劇的で、あまりにも速く、極端ないい方をすれば、二、三日新聞記事から目を離すと、新しい事件や変化がわからなくなるほどである。しかもそれらの出来事は、従来のように限られた地域的な現象ではなく、世界の隅々にまで影響を与えずにはおかない性質を含んでいる。逆にいえば、世界のあらゆる出来事は複合し、連鎖反応を起こして地球的規模にまで拡大していくのである。汚染された河や海や森林や大気は国境を越えて生態系を破壊し、環境問題はわたしたちに深刻な打撃を与えているが、これと同じように各国の政治的、社会的、経済的諸問題もまた、もはや一国だけでは解決できないことを湾岸戦争はわたしたちに鋭く警告したのだった。

ベレストロイカとグラスノチスがもたらしたソ連と東欧諸一国の激震はわたしたちの想像をはるかに凌駕しているが、いったいこのような歴史の加速度的な変化と混乱はいつまで続くのか、誰も予測できない。この数年、わたしは新聞、雑誌、メディアを通じてさまざまな分野の専門家たちの発言を注意深く見守ってきたが、それらの方々の発言は、結局のところ各自が所属している国や民族やイデオロギーの利害と感情の領域から踏み出すものではなかった。そもそも地球的規模にまで拡大した変化に対応できる思想や体制をわたしたちは持ち合わせていなかったのである。したがって、この流動的な歴史の巨大なうねりは、既存のイデオロギーや体制に本質的な変革を迫っている。社会主義の崩壊に対して西側諸国はこぞって資本主義の勝利を宣言した。けれども冷戦構造によって維持されてきた一方のバランスが崩れたことで、西側諸国の再編成は必至であろう。地球的規模にまで拡大した歴史の流動化は、一方のバランスが崩れることによって一方が繁栄するといったことはあり得ないからである。

こうした情勢の中でわたしたちもまた自らの変革に迫られている。慮泰愚政権がロシア、中国との国交を樹立したのも歴史の必然であったといえる。問題は南北に分断されている、わたしたちの未来が依然として不透明であるということだ。特に北朝鮮の核問題をとり巻く状況はさまざまな憶測を呼び、さらに金日成の突然の死がもたらした衝撃と混乱に乗じてマスコミや文化人の間から恣意的でスキャンダラスな北朝鮮パッシングが続いているが、このような北朝鮮パッシングは厳につつしむべきであろう。なぜなら、このような北朝鮮パッシングは状況を悪化させることはあっても、祖国統一のために何一つプラスにならないからだ。予断と偏見が横行する中で、ワンコリアフェスティバルの果たす役割は、祖一国統一のために同じはらからの血をけっして流してはならないという信念を貫くことである。

そしてこの十年、ワンコリアフェスティバルはその信念を貫いてきたのであり、ワンコリアフェスティバルに参加してきた多くの人々も共に生きる道を探求してきたのである。それは在日を生きるわたしたちと日本人とアジアの人々が共に生きる道でもある。<ワン>とは一つであリ、<一つ>とは<ハナ>であリ、<ハナ>とは単に祖国統一だけを意味するのではなく、ちがいをちがいとして認め合い、共に生きるための内在肯定力であるとわたしは理解している。世代がちがえば考え方や感性もちがうのは当然であって、それを理由にわたしたちは自己を瞞着するようなことがあってはならない。二十一世紀を目前にしてわたしたちが直面している現実に眼をそらすことなく、自らの尊厳を等しく認め合うことで、わたしたちは世代をつむぐことができるはずである。

戦後半世紀を経た今日、確かに世界は大きく変化したが、その変化は、この世界に対して真実を開示するというわたしたちの不在証明を問われている。ソ連・東欧の社会主義の崩壊がもたらしたものは、この真実に対する不在証明の問いかけであった。わたしたちはどこにいようと、つねに歴史の証人としての自己の存在を真実の前に晒さねばならないというのが、戦後半世紀を経た今日的課題である。わたしたちはいまようやく、真実が何であるかを直視する時点にさしかかったといえる。真実を覆い隠そうとする力と、真実を暴こうとする力の桔抗のはざまにあって、わたしたちは自らの良心に従って、未来に対する責任と選択を迫られているときでもあるのだ。

(1994)

梁石日 (やん・そぎる)
1936年生。作家
著書に「タクシードライバー日誌」「族譜の果て」、映画『月はどっちに出ている』の原作である「タクシードライバー狂躁曲」、評論集「アジア的身体」「異端は未来の扉を開く」、「夜を賭けて」「死は炎のごとく」「睡魔」等がある。



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