この夏、沖縄で喜納昌吉の歌を聴いてから、カラオケに行くと、この歌「花」を歌っている。
独特のメロディーの中で、私に見えてくるのは、沖縄の海であったリ、
コリアの原っぱであったり、また日本の田舎町であったりする。
胸を張って堂々と生きていく人間のイメージは、そこにはない。
あるのは草のように、虫のように、いや、蛙や熊を自分と同類のようにして接した
アイヌの人たちのように、自然に近い人間の姿なのだ。
それに「花」は「ハナ」に通じる。
「ハナ」はコリアの言葉では「一つ」である。
草も虫も人間も一つ、なんとすばらしいことなのか。
そこから出てきたものなら、そこへ帰りたい、
それが人間の業(ごう)であり、輪廻でもある。
生きていくということは、共存することだが、それと同時に競争を強いられることでもある。
それは個人でも、国でも同じことだ。
いや国の場合には、国際政治の中で、分裂という悲劇までが起きる。
それによって、本来、兄弟であった人たちが他人になり、時には敵にさえなる。
そんな悲劇の中で、やっと長年の日本の支配から独立した朝鮮半島の人たち、
そして、その以前ら日本に住んでいた在日の人たちは、花として、ハナとして、笑うこともできなくなった。
私は日本に生まれて、日本という土地は大好きだけれど、日本という国があまり好きではない。
時として傲慢さが見えるからである。
といって、外国で暮らすのは、もう六十歳を超えているのでシンドイ。
それなら、日本という国を少しでも好きになれるような国に変えていかなければならない。
人は人同士、国も国同士、愛し合えるはずなのに、
そんな美しい、やさしい環境を、私は知らない。
戦争の世紀に生きたからである。
いや、戦争が終わって、半世紀たったというのに、人はまだ、いがみ合い、不信の気持ちをつのらせる。
この春、大阪をはじめ、日本のあちこちで、可憐なチマ・チョゴリ姿の在日の子供たちが襲われた。
悲惨にも引き裂かれたチョゴリを見たとき、私は人間のおぞましさに震え、心凍る思いがした。
肩を抱き合い、いたわり合うべき相手を、暴力と暴言で叩きのめす。
そこにあるのは、ハナとして笑う心ではなく、どす黒い戦争時代にこの国を覆っていた暗雲と同じものである。
私たちの先祖たちが、ハナとして生きてきた道。
草のように、虫のように、無知ではあったが、自然の心で生きてきた道。
日本もコリアも共に生きてきた時代。
私たちは、そこから遥かに隔たった時代に生きているが、いにしえの道、いにしえの心を忘れてはならない。
再び「花」のメロディーが聞こえてくる。
人は人として涙を流す。
その涙は、同情なんかでは決してない。
ともに生きていくもの同士だけが流せる涙。
そんな涙が流せるのなら、私たちは希望を捨てることはない。日本もコリアも一緒なのだ。
(1994)
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