ワンコリア・トーク 俵万智 & 鷺沢萠 & 金久美子 ”コリアの新い魅力、見つけた。”      -- 5/5ページ
 

 

 

ワンコリアフェスティバルは新たなる出会いの場

――★先日、梁山泊の座長の金守珍さんとお話しをしていたら、こういうことをおっしゃいました。自分は、北と南がある限り根無し草でしかないんだ、と。
金★★彼の場合は、同級生がかなり帰国船で北朝鮮に帰っているんですよ。ですから、そういう思いが強いんじゃないでしょうか。南の方にも親戚がいっぱいいますし、南北のことを強烈にリアリティを持って感じている最後の世代といってもいいのかもしれませんね。
――★最後の帰国船というのは、いつですか?
(観客)73年です。
金★★73年まであったんですね。そういえば上海公演の帰りに、北京で天安門を見ようということになったんです。そうしたら、座長にヤァと声をかける人がいたの。なんと帰国船で帰って高校以来ずっと会っていなかった元の同級生だった。貿易の仕事で北朝鮮から北京に来て、一日だけ休日がとれたので天安門を見に来たんですって。もう一生会えないと思っていた友達と会えたわけだから、もう大感激で、天安門を見るのをやめて一緒に食事に行ったんです。「北はどうなってるの?」なんで聞きながら。やはり日本から帰国した人というのは、とても大変な思いをしていたらしいの。そこから、貿易で海外に出られるような立場になるためには、それはものすごい努力があったわけです。そうやって実際に触れあって経験するって、やっぱり大きいことですね。先ほども知っている人がいるとその国が身近に感じるという話が出ましたけど、その後何度か手紙を頂いたりして、いろいろ考えさせられました。
――★私たちのすぐそばに70万人の在日コリアンがいる。その中には、家族や親戚が北と南に分かれて暮らしている人も多い。そういう事実というのは、日本人は知らないで過ごしてしまいがちですよね。
俵★★私の父は、今の北朝鮮で生まれて小学校6年生までそこで暮らして、終戦で帰ってきたんです。父は、小学校6年生まで見ていた風景をもう一度見たいなと思っているようですが、簡単に行くことができない。それはとても不自然なことだなと思います。もっと風通しがよくなればいいですね。
金★★その世代の日本人って、住んでいたことを拒絶して忘れようとしている人だとか、懐かしいから行きたいんだけど悪いことをしたから行けない、みたいな人って結構いますね。撮影中にホテルに滞在していたら、ある時一人の老人と朝一緒になったんです。ご旅行ですか、と尋ねたら「戦時中こちらにいたから来てみたかったけど、なかなか来づらかった。でも死ぬ前にもう一度と思って……」とおっしゃるんです。個人的な思いと、日本が国としてしてしまったこととの狭間で悩んでいる人も多い世代でしょう。
――★どんな個人も、歴史や国家、政治に、巻き込まれないではいられない。それと同時に、個人というものも確かにある。その相剋を抱えている人も少なくないでしょう。でもそういったものをプラスに転換していくことができるか、わだかまりのもとにしてしまうか、私たちの知恵にかかっている。これから生きていく若い世代に、知恵が要求されますね。
金★★そのために、いろいろな表現の手段を考えるべきですよね。たとえば芝居なんか、かなり大きな力を持っていると思います。この間初めて芝居の脚本を書かれた俵さんは、そのあたりいかがですか?
俵★★それまで私は、短歌という言葉だけで表現する世界で生きてきました。でも脚本を書いて演出家や役者さんたちに手渡すと、生の迫力というか、言葉だけじゃ伝えられない部分があるのだなと実感します。それがとても面白かったですね。芝居にはダイレクトに何かを伝える力が、ものすごくあるんですね。
金★★共同でそういうものを作っていける場所がどんどん出来ていけばいいですね。それで乗り越えられる部分って、すごく大きいから。
俵★★鷺沢さんの書いた本も、韓国語に翻訳されているんですよね。向こうから反応って返ってきますか?
鷺沢★身近なところで、僑胞の友達が向こうの韓国人の男の子とつきあっていたんです。やっぱり難しいんですよ、同じコリアンどうしでも全然違いますから。私が書いた在日三世を主人公にした小説を彼が読んで、分かったって言ったんですって。自分のガールフレンドが考えていることが分かったって。それがすごく嬉しかった。
俵★★芝居もそうだし小説も含めて、伝わるものがあるというのは嬉しいですね。
金★★言わなければ分からないですよ。そういう風に文章にしたり、芝居にしたりして。
――★ワンコリアフェスティバルも今年で10年です。俵さん、鷺沢さん、金さんは今までもパンフレットに文章を寄せてくださったり、こうしてここに集まってくださったり、いろいろな形でかかわってきています。これも、出会いです。ワンコリアフェスティバルという出会いの場があったから、ここにこうして集まることができた。そうやって、いろいろな出会いから何か面白いことが生まれて、風通しがよくなっていくといいですね。ここから始まって、北も南も日本もコリアも、そしてアジアの隅々にまで、何かが広がっていくことを願って、今日のワンコリア・トークを終わりにしたいと思います。どうもありがとうございました。




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