ワンコリア・トーク 俵万智 & 鷺沢萠 & 金久美子 ”コリアの新い魅力、見つけた。”      -- 1/5ページ
 

 

――★最初にご紹介をかねて、皆様に今日なぜこの場にいるのかを伺いたいと思います。金久美子さんは、ワンコリアフェスティバルの司会をなさったことが有りましたね。
金★★第4回目の司会をやりました。私が所属している劇団『新宿梁山泊』の座長の金守珍がワンコリアの演出を手伝っておりまして、最初から私も何らかの形でかかわりたいと思っていたのですが、なかなかスケジュールがあわなかった。それでようやく4回目で参加することができたんです。
――★鷺沢さんは、20歳適ぎてからのある衝撃的な出来事がきっかけで、今ここにいる…。 
鷺沢★別に衝撃的ではなかったんですよ。20歳を過ぎてから、自分の父方の祖母か朝鮮半島出身だということが分かって、それから韓国や朝鮮のことに興味を持つようになって、最終約に留学をするようになったんです。
――★俵さんは大学の時に朝鮮語を勉強なさった経験があるそうですね。
俵★★日本語を学問的に勉強していたのですが朝鮮語とよく似ているということがよく出てきたので、どれくらい似ているのかと思って1年勉強したことがあります。今回このワンコリア・トークに参加する直接のきっかけは、たまたまとある飲み屋で実行委員長の鄭甲寿さんとお会いしたからです。それまでワンコリアフェスティバルという催しも知らなかったし、朝鮮をめぐるいろいろなことにそれほど興味があったわけでもありません。本当に「人」との出会いで一つ自分の心に窓が開いたなといった感じです。ですから、何も知らないけれど、知らないところから一歩踏み出すことができたらという思いで今回は参加させていただきました。
――★何も知らないと言えば、鷺沢さんも韓国留学記『ケナリも花、サクラも花』の中で書いてましたね。おばあちゃんが朝鮮半島出身だと知るまでは、日本に在日朝鮮人たちが暮らしてるということにリアリティを持っていなかったし、朝鮮や韓国に対する興味もなかった、自分は何も知らなかった、と。
鷺沢★典型的な、よくいる日本人だったんです。20歳まで在日僑胞の存在さえも知らなかったんですから。そんな日本人だった自分が、それから5年後に韓国まで留学したわけです。僑胞の中でも留学までするっていうのは濃いめの人たちでしょ。だから普通の日本人から短時間に韓国人化してしまったって感じですね。自分の血のことを知った後に、取材で何度か韓国に行く機会があって、私は「私のおばあちゃんは韓国人なんです」って言ったら、韓国の人たちが「そうなのか」などと言ってくれるんじゃないかって期待していた。そうしたら、「あっ、そお」みたいな反応しかない。ちょっと寂しかったけど、これは言葉が出来ないからじゃないかなと思って、勉強しようという気になったんです。
――★言葉と言えば、金久美子さんは三世ですね。学校も日本の学校。ということは、ほぼ100パーセント日本語で育ったことになる。
金★★88年に韓国で映画の仕事を始めるまでは、「アンニョンハシムニカ」くらいしか言えませんでした。その年、一年間向こうで翻訳なしで仕事をして、喋れるようになりました。
――★鷺沢さんが、おばあちゃんがコリアンだと言っても全然ウケなかったと言いましたけど、それは言葉の問題だけじゃないんではないか、という気がするんです。久美子さんが最初に韓国に行った時、何かカルチャーショックみたいなものは感じませんでしたか?
金★★初めて行ったのは学生の頃です。私は長野県で育ったので、まわりに同胞がほとんどいなかったのですが、東京に出てきて同胞の仲間と知り合って、自分の国の歴史や文化を勉強してみようという気持ちになんたんです。自分の国のことを勉強し始めた頃って、へんに故郷に対する思い入れがあるんですよ。
鷺沢★そうそう。美化してしまう。
金★★だから、むこうへ帰ったら温かく受けいれでくれるみたいな思いがあった。夏休みに学生たちがまとまって向こうの学校に行って、歴史や言葉を勉強する会があって、それに参加したんです。そうしたら言葉が全然出来ないこともあって、かなり拒絶された。ああ、幻想だったんだな。私にとっておじいちゃん、おばあちゃんの国というのは、心の中に存在しているのであって、現実はそんなに祖国というものは簡単に手に入るものではないな、という思いを持ちました。結局、何か行動を起こしたり、具体的に関係を持てる場を作っていかない限り、つながっていかないんですね。   
――★在日コリアンと日本人の関係も、具体的に関係を持てる場を作っていかないとなかなか変わっていかないという気がします。そのあたり日本人として俵さんはどう思いますか?
俵★★朝鮮と日本の間には歴史的ナントカとか、いろいろ難しい問題あって、うっかり軽率な発言をしたらとんでもないことになる…という恐怖心が私自身の中にもあるんです。知らないうちに人を傷つけてしまうかもしれない怖い何かが横たわってるみたいだ、という漠然とした雰囲気があって、とりあえず近づくとヤバそうだよ、といった自己規制みたいなものが働いてしまう。私の世代というのは、そう露骨に差別とかいじめを見たり聞いたりしている世代ではないんですが、やはりそういう感覚があるんですね。鷺沢さんが留学体験記の中で、そういう状況に対してハッキリと、これは問題だと書いてらっしゃいましたね。それを読んで、ハッとしました。たとえば私がこういう会に来て何かを言うということも、初めは正直言ってとても不安だったんです。でも、そうやってお互いに自己規制をしていると何も始まらないですよね。
鷺沢★それは普通の日本人 ― 普通の日本人という言い方もヘンですけど ― の中に、皆さんある感覚だと思いますね。触れたらとんでもないことになるんじゃないかっていう感じ。でも別に触れたからって、ちょっと喧嘩になるくらいで(笑)、そんなにとんでもないことにはならないと思いますよ。ただ、もっと日本人に知ってもらいたい。日帝何年の歴史を・・・・というようなことより、ここにいて住んでいるのだということを分かって欲しいという気持ちはあります。



> 次ページ
 (”若い世代にも残っている不自然な過敏さ”)
前ページ

©1985-2001 OneKoreaFestival. tel,fax/06-6717-6645  mail:Webmaster